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変わらないさ 5

Author: 花室 芽苳
last update Last Updated: 2025-07-19 18:23:06

「り……伊藤《いとう》君……」

 驚いて名前で呼びそうになって、慌てて言い直す。さっきまで他の社員に囲まれていたのに、どうやって抜け出したのだろう?

「伊藤さん! 初めまして、横井《よこい》 麗奈《れな》です。まだ新人なので、伊藤さんに色々教えてもらいたいです」

 立ち上がり嬉しそうに挨拶する横井さん。彬斗《りんと》君もいつもの優しい笑顔で彼女と握手をしている。

「横井さんかあ、よろしくね?君は隣席の長松《ながまつ》さんと仲が良かったりするのかな……?」

 その時、彬斗君に横目でチラリと見られてゾクリと嫌な予感がする。何を考えているか分からない、無機質なあの瞳の奥が恐い。

「ええ、仲良しです。でも主任にちょっかい出しちゃだめですよ? 主任は御堂《みどう》さんと婚約されてて、ラブラブなので!」

「ちょ、横井さん! そんな事まで言わなくてもいいのよ」

 慌てて横井さんの言葉を遮るように二人の間に入ったが、どうやら淋斗君にはしっかり聞かれていたようで。

「は、紗綾《さや》が……婚約? あの、課長代理と?」

 彬斗君は小さな声でそう呟いて、信じられないようなものを見る目で私を睨んだ。まるで『お前が幸せになるなんて、許さない』とでも言うように……

「すっごくお似合いのカップルだと思いません? あーあ、結婚式が楽しみだなあ……」

「……そうだね。横井さんから良い話が聞けたな、また今度詳しく聞かせてね?」

 横井さんに柔らかな笑顔でそう言うと、彬斗君は他の社員の所へ。嬉しそうな顔をしている横井さんと、怖さで心臓がバクバクと音を立てている私。

 これから彬斗君にどう振り回されるのか、頭の中は不安でいっぱいだった。

 自分ばかりが頼るだけになりたくない、御堂《みどう》とは対等な関係でいたいのに……自分の弱さに負けて私は彼に甘えてばかりな気がする。

 もっと強くならなきゃ、自分のことぐらい自分で解決できるように。

「……そうだったんですね、何か様子がおかしいと思いましたけれど」

 昼休み、二人きりで話せるように横井《よこい》さんを資料室に呼び出した。

 私が彬斗《りんと》君と自分のことを簡単に話すと、彼女は特に驚く様子もなくあっさりと受け入れた様子で。私は時々、横井さんの事を年下だと思えなくなるわ。

「それって主任は良いでしょうけれど、見ているだけの御堂さんは気が気じゃないんじゃない
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